ヨーロッパでは「天使のハーブ」「精霊の宿る根」とも呼ばれるアンゼリカの名づけについては諸説があります。学名Angelica archangelicaと名付けたのは著名な植物分類学者であるリンネ(Linne)ですが、実際にはリンネが名付ける前にすでにこの名前が使われていました。アンゼリカの薬用に関する最も古い文献は、1244年に刊行されたHarpestrengeの「H.H.s danske Lægebog fra det 13.Aarhundrede」であるとされています。その後1510年にイタリアのミラノでペストが流行した時には、アンゼリカは最良の薬として広く使われました。1400~1500年代にはノルウェーではアンゼリカを世界中に輸出しており、また1683年に刊行された植物目録にはすでにこの名前が使われていたという記録が残っています。

 さて、アンゼリカの名前の由来ですが、北欧諸国がキリスト教化された時期、期限830~1100年にさかのぼります。その時期、キリスト教の修道士たちは人々の病の治療や痛みの緩和のために、たくさんの植物の種子や調合法、栽培法を携えて世界中を旅していました。その中でスカンジナビア地方に達した修道士たちが見つけたのがアンゼリカで、なんにでもよく効くということで、修道士たちは修道会のハーブ一覧に加えることを目指しましたが、それを持ち帰る途中で大天使(archangel)が現れ、アンゼリカの薬用としての価値を説いたことによる、という説があります。ちなみにarchangelicaは「大天使の植物」を意味し、亜種のlitoralisは「海岸に生えている」を意味するとされています。

 また一説ではアンゼリカの開花時期が5月8日頃であり、その時期が宗教的には大天使ミカエルが出現した日であり、そのことからこの植物には悪い霊や魔法などから身を守る効果をもっているとされたことによる、というものもあります。宗教的な儀式にも使用されており、アンゼリカはキリスト教と関連があったことがうかがわれます。

 近代になって、Angelicaは主に調味料やリキュールの材料として使用されるようになりました。特に、北欧諸国では、Angelicaを使ったリキュール「ビエールクヴァス(Biełaruski kvas)※」が広く知られています。

 最近ではAngelicaの健康機能性に関する研究が増えています。別項にまとめましたが、Angelicaには抗炎症、抗アレルギー、抗酸化、また認知症に対する作用があることが報告されており、特に消化器系や呼吸器系の問題に効果があると考えられています。

※ビエールクヴァス(Biełaruski kvas)

ビエールクヴァス(Biełaruski kvas)は、ベラルーシの伝統的なアルコール飲料で、Angelica archangelica L.を使用したリキュールです。ビエールクヴァスは、Angelicaの根を使って作られます。根は蒸留酒に浸され、アルコールを抽出してから、水、砂糖、ハチミツ、および香辛料を加えて作られます。ビエールクヴァスは、甘くてスパイシーな味が特徴で、伝統的にクリスマスやイースターなどの祝祭日に飲まれます。ビエールクヴァスは、ベラルーシだけでなく、ロシア、ウクライナ、ポーランドなどの周辺諸国でも飲まれています。Angelicaを含む薬草が健康に良いとされることから、ビエールクヴァスは健康に良い飲み物としても知られています。