
「おいしそう!」と感じる瞬間、あなたはまだその料理を口にしていないかもしれません。
それでも心が動く——その理由のひとつが「色」です。食べ物の色は、味や香りを感じる前に、私たちの脳と感情に信号を送っています。
たとえば、真っ赤なトマト、こんがり焼けたパン、透き通るような緑の野菜。
どれも見るだけで“食べたい気持ち”を刺激します。
逆に、同じ味でも色がくすんでいたり、不自然な色をしていると、なんとなく食欲がわかない。
これは偶然ではなく、人の進化と深く関係しています。
■ 視覚が味覚をつくる

私たちは「五感」で味を感じますが、実は視覚の影響が最も大きいことが多くの研究でわかっています。
食べる前の段階で、すでに「色」から味を予測しているのです。
赤い食べ物を見ると「甘い」や「熟している」と感じるのは、果実の色から学習した結果。
黄色い食べ物は「酸っぱい」や「フルーティ」、
緑は「新鮮」「健康的」、
黒や茶色は「苦味」「コク」「深み」を連想させます。
このような「色と味の連想」は、単なる思い込みではありません。
心理学では「クロスモーダル知覚」と呼ばれ、
視覚と味覚が脳内で連携して、味の知覚そのものを変えてしまう現象が確認されています。
■ ワインの色で味が変わる?驚きの実験
フランスのボルドー大学で行われた有名な実験があります。

白ワインを人工的に赤く染め、ワイン専門家に飲ませたところ、
多くの人が「赤ワインのような渋みやボディを感じる」と評価しました。
実際はまったく同じ白ワインだったのに、色が変わるだけで味の印象が変化したのです。
このような実験はジュースやプリンなどでも行われており、
人は色が持つ情報を味覚よりも優先して判断することがわかっています。
つまり、目で味わい、舌で確かめるのが私たちの食体験なのです。
■ 進化の記憶が「おいしさの色」を決めている
なぜ人は赤やオレンジを「おいしそう」と感じるのでしょう?
それは、狩猟採集の時代にまでさかのぼります。
熟した果実や新鮮な肉は赤や橙色で、
毒や腐敗を起こしたものは青や黒に近い色をしていました。
こうした経験が、長い年月を経て本能的な“安全・危険の色判断”と して脳に刻まれたと考えられています。
現代でもその名残は残っており、
暖色系の料理(カレー、パスタ、焼き菓子など)は食欲を増進させ、青系の料理は「食欲を抑える色」としてダイエット向けに使われることもあります。


■ 世界の文化と「食の色」
食べ物の色には、文化的な背景も深く関わっています。
・日本:清らかさと調和の色
日本では昔から「五色(ごしき)」——赤・黄・緑・白・黒——が食の基本とされてきました。
赤は生命力、黄は豊かさ、緑は成長、白は清浄、黒は安定。
おせち料理や精進料理では、これらの色を組み合わせることで「五行の調和」を表します。
また、紅白は祝い事の象徴であり、食の色には“願いや祈り”が込められているのです。
・中国:色で体のバランスをとる
中華料理でも“五色”の考え方が重要視されます。
それぞれの色が五臓(肝・心・脾・肺・腎)に対応し、
色のバランスが健康のバランスと結びつくという思想です。
そのため、彩り豊かな料理が好まれるのは見た目の美しさだけでなく、体の調和を意識してのことでもあります。
・西洋:情熱と自然の象徴
ヨーロッパでは、赤は「情熱」や「力強さ」、緑は「自然」「新鮮さ」を象徴します。
クリスマスの赤と緑の組み合わせにも、生命と再生の願いが込められています。
つまり、文化が違っても、食の色には共通して“心を動かす力”があるのです。



■ 「自然な色」に惹かれる理由

近年、人工的な蛍光色よりも、自然に近い色が好まれる傾向が強まっています。
その背景には、健康志向や「素材そのものを楽しみたい」という価値観の変化があります。
例えば、ビート(赤ビート)からとれるベタニンは鮮やかなピンク色、ウコンのクルクミンは黄金色、スピルリナに含まれるフィコシアニンは澄んだ青緑色をしています。
これらの天然色素は、植物や藻、微生物など自然由来の原料から得られるもので、「人工添加物を避けたい」「自然の恵みを感じたい」という心理にマッチします。
また、天然の色は微妙に個性があり、気温・pH・加工方法で色味が変化することもあります。
その“自然のゆらぎ”が、かえって人の心に安心感を与えるのです。
■ 食卓を「色のパレット」にしてみよう
色は食欲だけでなく、気分や体調にも影響します。
心理学では、暖色(赤・オレンジ・黄)は活力を与え、
寒色(青・緑)は心を落ち着かせると言われています。
たとえば——
疲れた日は、トマトソースパスタやオムライスなど赤・黄色の料理を。
ストレスがたまっている日は、緑のサラダや抹茶スイーツでリラックスを。
集中したい日は、ブルーベリーや黒豆など青・黒系を取り入れてみましょう。
食卓を“色で整える”ことで、味覚だけでなく気分のリズムも整えることができます。
■ 家庭でできる「色の実験」

ちょっとした実験をしてみましょう。
同じ味のゼリーを2つ作り、片方を赤、もう片方を青に着色します。
家族や友人に食べてもらい、「どちらが甘く感じる?」と尋ねてみてください。
多くの人は、赤い方を「甘い」と感じるはずです。
これはまさに色と味覚のクロスモーダル効果。
視覚がどれほど強く“味”に影響しているかが、身近な実験でも体感できます。
■ 色を通して見える「食の未来」
近年では、食品業界でも「色と感情」の研究が進んでいます。
自然由来の色素を安定させる技術、発酵や植物抽出で新しい色を作り出す試み、
さらには3Dフードプリンターで“見た目からおいしい料理”を設計する動きも。
これからの食は、味だけでなく「色のデザイン」も重要なテーマになっていくでしょう。
人は舌で食べるだけでなく、心で食べる生きものだからです。
■ おわりに:色は、もうひとつの「味」
食べ物の色は、単なる見た目ではありません。
そこには、進化の記憶、文化の意味、心理的な安心感、
そして私たちの感情までもが映し出されています。
「この料理、きれいだな」「おいしそうだな」と感じたとき、
それは“色”があなたの五感に語りかけている証拠です。
次の食事では、少しだけ“色の意味”に注目してみてください。
きっと、いつもの食卓が新しい表情を見せてくれるはずです。
